完璧な母親なんていなくていい。子育てに疲れたあなたへ伝えたいこと
「ちゃんとできていない。」
「また怒ってしまった。」
子育てをしていると、そんなふうに自分を責めてしまう日はありませんか。
私は昭和生まれの母親として、平成という時代に4人の子どもを育てました。今振り返ると、決して理想の母親ではありませんでした。でもだからこそ、今、子育てに疲れているお母さんに伝えたいことがあります。
完璧な母親にならなくても、子どもはちゃんと育ちます。
当時の私は毎日必死でした。
フルタイムの仕事。家事。育児。散らかる部屋。足りない時間。朝から晩まで「やらなきゃ」で頭がいっぱい。
だからいつもイライラしていました。
部屋が散らかっているとイライラ。ご飯の準備が進まないとイライラ。子どもが言うことを聞かないとイライラ。
本当は優しく笑っていたかったのに、「早くして!」「何回言ったら分かるの!」と感情をぶつけてしまう毎日でした。
今思えば、そんなに頑張らなくても良かったんです。
ご飯だって卵かけご飯の日があってもいい。お惣菜の日があってもいい。家事なんて途中で放り出して、子どもと一緒に寝てしまう日があったって良かった。
でも当時の私は、それができませんでした。
「ちゃんとしなきゃ。」
「良い母親にならなきゃ。」
「子どものために頑張らなきゃ。」
そんな思い込みに縛られ、自分で自分を追い詰めていたのです。
50代になった今だから正直に言えます。
私は子どものためというより、「ダメな母親だと思われたくなかった」のかもしれません。
近所の人、保育園の先生、職場の人、家族…。周りからちゃんとした母親だと思われたい。その気持ちが強すぎて、本当に向き合うべきだった目の前の子どもたちを見る余裕を失っていました。
もし長女を出産したあの日に戻れるなら、今の記憶を持ったまま、もう一度子育てをやり直したい。
叱る回数を減らして、イライラする時間を減らして、もっと一緒に笑って過ごしたい。
「それで、大丈夫だよ。」
その言葉を子どもたちにだけではなく、あの頃の自分自身にも何度もかけてあげたいのです。
気がつけば4人の子どもたちは大きくなりました。
たくさん叱ってしまったこと、感情的になってしまったこと、今思い出しても胸が痛くなる出来事はたくさんあります。
それでも子どもたちは、不器用な母親だった私の愛情をちゃんと受け取って、それぞれ自分の人生を歩いています。
その姿を見るたびに、「完璧じゃなくても親の愛情は伝わるんだ」と教えられている気がします。
今はSNSを開けば、「怒らない育児」「自己肯定感を育てる子育て」「丁寧な暮らし」など、素敵な育児情報がたくさんあります。
もちろん参考になることは多いでしょう。
でも、その情報を見て「私は全然できていない」と落ち込み、子育てが苦しくなっているお母さんもいるのではないでしょうか。
私が平成時代にしていた子育てを今SNSに載せたら、きっとたくさん批判されると思います。
それでも、昭和生まれの母親が平成という時代に4人の子どもを育てた記録には、今だからこそ伝えられるリアルがあると信じています。
だからこのブログでは、成功談だけではなく、失敗も後悔も、できるだけ飾らず正直に書いていこうと思います。
そして、もし今、子育てに疲れているお母さんがこのブログを読んで、
「私だけじゃなかったんだ。」
「今日くらい手を抜いてもいいかな。」
「完璧じゃなくても大丈夫かも。」
そう思って肩の力を少しでも抜いてもらえたら。
私が経験した4人育児に、正解はありませんでした。そして、
完璧な母親なんて、いなくていい。
そう思っています。

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